2008年10月26日日曜日

行方知れズ



寝床モニターにDVDを持ち込んで、だらだらと眺める。
結局最後まで見てしまうのだな。

「渋さ知らズ 1999-2000」という副題の付いた『行方知れズ』。
ユニゾンの繰り返しが、カタルシスに至る。

こういうものは状況証拠みたいなもので、生が一番なのだが、いろいろわかった気にはさせてくれる。
このビデオはバックステージの様子なども撮ってくれているので、特にそんな気がする。

たとえば107分のビデオで50分を経過したあたりから。
1999年12月4日土曜日、同志社大学今出川学生会館2階ラウンジ。
リハーサルの段階で、不破大輔さんは少しいらついている。
本番でソロを任された大原裕さんの音が出なくなってしまう。

演奏後の屋外。

「えー、ギャラはたぶん、2千円から、3千円から、5千円から、一万円ぐらいの間で皆さんに渡ると思いますが……。ペロさんに相談してください。ペロさんに査定を頼んである。査定……、ふふふふ」

がやがやとメンバーがいる中で、不破さんが大原さんを指して、「お前たぶん、千円かもしれないよ」と言う。
呂律の回らない大原さんが、「ビジネスマン?」と繰り返す。

「何? 何だって?」
「何を言ってると言われても……」
「おい、今言ったこと、ちゃんと覚えてろよ。ちゃーんと今言ったこと覚えてろよ。それで責任持って言えよ」
「責任持って言えねえよ」
「何が言えねえんだ。お前のありようの問題だろうが。お前のありかたのことだろ。それを言ってんだろ。ちゃんと言えよ。言うべきだ」

普通に立っていられないほど酩酊状態の大原さん。
酒をやめろ、練習しろと、不破さんの話が説教になってしまう。

「お前は、酒も、[ピーッ]もやらなくても、もっと気持ちよくなれるやんか。知ってるやろ。本当は知ってるだろ。それをやれよ。友だちだから言ってるんだぞ、お前」

「酒はやめろ。やめた方がいい。やめろ。で、一緒に演奏しよう。遊ぼう、一緒に。もっと酒より楽しいセッションがあるんだから。楽しくセッションしよう。それだったらいっぱいできるやんか。毎日でも会える。毎日でも一緒にやれる。踊れるぞ」

映像では説明されていないが、大原裕さんは2003年12月13日に急逝する。
火事を出して焼死したそうだ。

 →online 魂花時報:追悼・大原裕

あたりまえのことだが、渋さ知らズは不破大輔という人がやっているバンドなのである。



行方知れズ


9条を殺すな!


幻泉館 リンク用バナー

0 件のコメント: