2009年1月30日金曜日

日本文学史序説 #3

ネット上で掲示板やブログに嫌がらせのコメントを付けては憂さを晴らすという、寂しい生活を送っている連中がいる。
逆恨みの人生、かわいそうに。
もっとも、仕事でそういうコメントを付けて回っている奴もいるようだ。

凶器になるほどのたいした言葉でもないので、そんなものに脅えて口をつぐんではいけませんぞ。
まったく力のないコメントなので、放っておけば勝手に死んでしまいます。


メモ その3

ちくま学芸文庫版 p.19
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 第一に、日本語の文は、その話手と聞手との関係が決定する具体的な状況と、密接に関係しているということ。
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ちくま学芸文庫版 p.20
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またおそらく文の構造が特殊な状況に超越しない言語上の習慣は、価値が状況に超越しない文化的傾向とも、照応している。たとえば酒の上の言葉は、水に流すことができる。その場合の酒は、特定の生理、心理的作用を及ぼす毒物ではなくて、社会的状況の特殊性の象徴である。過去もまた水に流すことができる。今日の状況はもはや過去の状況ではないからである。
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 第二、日本語の語順が、修飾句を名詞のまえにおき、動詞(とその否定の語)を最後におくということ。すなわち日本語の文は部分からはじまって、全体に及ぶので、その逆ではない。そういう構造は、大きくみて、中国語や西洋語と正反対であり、しかもたとえば中国大陸の影響を脱して作られた日本の大建築の構造にも反映しているのである。
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ちくま学芸文庫版 p.21
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……語順の特徴は、空間への日本式接近法にもあらわれている、といえるだろう。またたとえば丸山真男氏も指摘したように、日本の神話にあらわれた時間は、始めもなく終りもないものである。そこでは現在が、始めあり終りある歴史的な時間の全体の構造のなかに、位置づけられるのではなく、現在(部分)のかぎりない継起が、自ら時間の全体となる。歴史的時間の全体の構造というものはない。
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9条を殺すな!

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