2012年8月13日月曜日

ラジオ関東「新譜フォークベスト10」(1975年)


新譜ジャーナル 1975年7月号


断捨離というものに憧れるのではあるが、まったくそうではない暮らしをしている。
捨てればいいのにねえ。
なにしろ片付かない。

昨夜ひょっこり出てきたのは、1975年(昭和50年)の「新譜ジャーナル」7月号。
当時買ったものではない。
私がおなじみだった「新譜ジャーナル」はその数年前、まだ角背じゃなかった。
いや、その頃も立ち読みばかりであまり買ったことはないな。

巻頭カラーグラビアは、フォーライフレコードの発足記者会見だ。
歌謡曲の世界が変わってしまったころだ。
毎晩よくラジオを聴いていた。

この「新譜ジャーナル」は、たぶん十年ぐらい前にオークションでまとめて買ったものだろう。
中にJORFの「レコード申送表」などが挟まっている。
ラジオ日本、当時はラジオ関東といっていたが、実はほとんど聴いたことがない。

「新譜フォークベスト10」という番組の進行表ですね。
ほぼ曲を流しっぱなしで、ナレーションは全部で4分ほどしかありません。

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5月31日土曜25時~25時30分
NA1>1'00"
(8位)風にのせて(イルカ)
(6位)我が良き友よ(かまやつひろし)
(5位)人生を語らず(吉田拓郎)
(4位)あじさい(アリス)
NA2>少数派リクエスト
(15位)さよなら友よ(山田パンダ)
(11位)黄色いカラス(ちゃんちゃこ)
NA3>3'00"
(3位)歌ってよ夕陽の歌を(森山良子)
(2位)ほおずき(グレープ)
(1位)港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(D.T.B.B.)
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ああ、なるほどなあ。
やっぱり歌謡曲っぽいですね。
その翌週も。

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6月7日土曜25時~25時30分
NA1>1'00"
(9位)さよなら友よ(山田パンダ)
(7位)別れの哀しみ(あのねのね)
(5位)僕にまかせて下さい(クラフト)
(4位)あじさい(アリス)
NA2>
  白い夏の詩(とんぼちゃん)
  初夏(ふきのとう)
NA3>3'00"
(3位)歌ってよ夕陽の歌を(森山良子)
(2位)ほおずき(グレープ)
(1位)港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(D.T.B.B.)
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別刷りでリクエスト数の書かれたものもあります。
リクエスト総数が722通、「またへりましたぞ」とメモがあります。
一位のリクエストが94通、十位では25通しかありません。
この進行表やメモはコピーなので、スポンサーに配ったものでしょうかね。
虚業だったんだなあという印象です。


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@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:55
【久野収論考の7・一応のまとめ】以上で、ごく最初の部分の引用を終えます。このあと、市民の定義や、職業と生活との分離の必要性、国家権力との距離、代議士に影響を与えるための地域における市民運動などについて考察が続きます(浩)

@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:54
【久野収論考の6】”大衆”とは、主として情緒ベクトルの共同、一定方向の愛憎とか、感動とか、ムードとかの共通をキズナとする集団だといわれる。だから、静力学的、安定的ではなく、動力学的、運動的なのだ。(浩)

@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:54
【久野収論考の5】”大衆”は、ひとつの積極的集団だ。積極的、プラス的だという点で、群衆やモッブのような消極的、マイナス的集団とは質を異にする。(浩)

@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:54
【久野収論考の4】新聞やテレビの解説者たちは、われわれのこの行動を論理的には”群衆”の行動ぐらいにしか評価していないし、岸信介首相以下の反動派は、モッブ(暴徒)あつかいしかねない口ブリだ。どうも腹にすえかねる。(浩)

@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:54
【久野収論考の3】ぼくは、おびただしい学生と一緒に歩き、あるいはすわりこみながら、”古典的”意味での”大衆”がはじめて姿をあらわしたのだという実感をふかく感じとらないわけにはいかなかった。(浩)

@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:54
【久野収論考の2】市民大衆の日常生活にとっては、街頭とは運動か、レクリエーションの通路にしかすぎない。その通路に市民が強烈な感情のベクトル(方向量)を共通にして結集したのだから、それだけでも実にたいへんなことだ。(浩)

@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:54
【久野収論考の1】職場から、家庭から、国会議事堂、首相公邸、その他の街頭をうずめた市民の大群は、実におびただしい数にのぼっている。何回も隊列にくわわり、いかりの感情をそのたびに新たにした市民の一人として、ぜひともこの大群の思想的意味をつきとめておきたいと思う。(浩)

@syukan_kinyobi 週刊金曜日 12:54
【久野収論考の0】久野収『週刊金曜日』編集委員が、1960年に書いた「市民主義の成立 一つの対話」(『久野収集Ⅱ 市民主義者として』(岩波書店、佐高信編)を読むなう。その最初の部分をいくつか抜粋して続けてツイートします。今回のデモをどうとらえるかの一助になればと思います(浩)
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